生成AIで人物画像を作ると、意図せず実在の人物にそっくりな顔ができあがることがあります。広告やコンテンツにそのまま使ってしまった場合、法的にはどうなるのか。有名人が実際に起こした訴訟例や、スカーレット・ヨハンソンをめぐる騒動を交えながら、現状のリスクを整理します。
AI生成画像が実在の人物に似てしまう理由
生成AIは、大量の人物写真を学習データとして取り込み、そのパターンから新しい顔を作り出します。学習に使われた人数が多ければ「偶然似てしまう」ケースになりますが、特定の人物の写真を集中的に学習させれば、それは「意図的に似せた」と判断されやすくなります。この「偶然か、意図的か」という違いが、重要なポイントのようです。
実際に訴訟・法的トラブルになった事例
画像そのもので確定判決が出た著名な訴訟はまだ多くありませんが、近接する分野(AI音声クローン、AIによる人格の再現)ではすでにいくつもの訴訟が起きています。
George Carlin遺族 vs Dudesy(2024年)
米国のポッドキャスト番組「Dudesy」が、故ジョージ・カーリン(2008年没)の芸風をAIに学習させ、「George Carlin: I’m Glad I’m Dead」という声真似コメディ特番をYouTubeに公開しました。遺族はロサンゼルス連邦地裁に提訴し、パブリシティ権侵害と著作権侵害を主張。被告側は提訴から1週間ほどで動画を削除し、今後同意なくカーリンの画像・声・肖像を一切使わないことに同意する形で和解が成立しました。判決まで争わずに早期の削除と和解で決着した、典型的なパターンです。
Lehrman v. Lovo, Inc.(2025年・米ニューヨーク州)
プロのナレーター2名が、AI音声合成企業Lovoを提訴した事案です。「研究目的」と偽って収録した音声データを使い、無断でAI音声クローンを作成・販売したとされました。裁判所は著作権侵害や商標法(ランハム法)の主張の大部分は棄却した一方、契約違反とニューヨーク州のパブリシティ権(肖像権に相当)に基づく主張は審理継続を認めています。これは画像ではなく声の事案ですが、「AIが実在の人物を模倣した際にどの法理論が通用するか」を扱った、現時点で最も踏み込んだ判例のひとつです。
インドの俳優3名の勝訴(2025年12月)
NTR Jr.、R・マーダヴァン、シルパ・シェティといったインド映画界の大物俳優が、無断のディープフェイク画像・音声・動画・なりすましに対抗して提訴し、デリーとムンバイの裁判所が数週間のうちに差止命令を出しました。「通知を受けたプラットフォームは速やかにAIによるなりすましを削除しなければならない」という原則を示した判例として注目されています。
スカーレット・ヨハンソンをめぐる2つの騒動
AIと著名人の肖像・声をめぐる問題を語るうえで欠かせないのが、スカーレット・ヨハンソンの一連の対応です。
2025年2月:反ユダヤ主義的発言をしたカニエ・ウェストを非難する動画に、彼女を含む十数名の著名人の顔がAIで合成されて登場しました。本人たちは実際には出演していません。この件を機に、彼女はAI規制の必要性を強く訴えました。
2024年:これとは別に、OpenAIの音声アシスタント機能の声が自分の声に酷似しているとして抗議し、OpenAI側が該当音声の使用を停止した経緯もあります。訴訟提起には至らず、抗議による自主的な対応で決着しました。
この2つのケースに共通するのは、正式な訴訟という形を取らずとも、本人の抗議だけで実質的な対応(削除・使用停止)が引き出せているという点です。
法的にはまだ「グレー」という現実
ここまでの事例を見ると、AI生成画像・動画が実在の人物に似てしまった場合の法的評価は、実はまだはっきりと確定していません。
- 著作権侵害は「模倣・類似」だけでは通りにくいという判例がある
- 商標法(false endorsement)は「消費者が誤認したか」の立証ハードルが高い
- パブリシティ権・肖像権は現状もっとも通りやすい主張とされるが、成立要件の解釈自体がまだ固まっていない
さらに、AIの学習データに本人の写真が含まれていたことが確実だったとしても、それだけで自動的に侵害が認定されるわけではありません。
- 数万人分のデータの一部として偶然似ただけなのか、特定の人物のデータを集中的に学習させて意図的に似せたのかで、判断は大きく変わる
- 商業目的で「顧客吸引力」を利用したかどうかも重要な判断要素になる
- そもそも学習データに何が含まれているかは外部から証明しづらく(ブラックボックス問題)、「確実」と言える状況を作ること自体が難しい
つまり、判決まで争って白黒はっきりさせた事例はまだ少なく、多くのケースが「訴訟未満」の段階、または提訴されても早期の和解・削除で終わっているというのが現状です。
それでも「削除・回収」が実務上の標準になっている理由
法的な決着がついていないにもかかわらず、実際には「指摘されたらすぐ削除」という対応が事実上のスタンダードになっています。理由は単純で、企業側にとって
- 判例のない領域で訴訟を戦って勝てるかどうかの不確実性
- 争えば争うほど拡大するブランドイメージの毀損リスク
を天秤にかけたとき、さっさと削除して収束させる方が経済合理的だからです。George Carlin事件もインドの俳優訴訟も、判決を待たずに数日〜数週間で削除・和解に至っています。
制作・利用側が負うリスクのまとめ
AI生成の人物画像・動画を扱う際は、次のようなリスクを前提に考えておく必要があります。
- 本人特定性が高いほどリスクが跳ね上がる:「なんとなく似ている」程度なら問題化しにくいが、「明らかに本人と分かる」レベルだと指摘・炎上・削除要求のリスクが一気に高まる
- 勝てるかどうかより、指摘された時点で止められるかを前提に設計する:訴訟の帰趨を待たず、指摘=即回収を前提としたコスト(制作物の差し替え、広告の巻き戻し、レピュテーションダメージ)を最初から織り込んでおく
- 商業利用ほどリスクが高い:広告や商品プロモーションなど「顧客吸引力の利用」とみなされやすい用途は、パブリシティ権侵害の主張が通りやすい
- 今後、判例の蓄積とともにルールが変わっていく可能性がある:体力のある企業が「あえて争う」選択をし始めれば、法的な線引きが今後明確になっていく可能性は十分にある
まとめ
AI生成画像が実在の人物に似てしまった場合の法的な決着は、まだ判例の蓄積が乏しく「グレー」な状態です。しかし実務は、法的な白黒がつく前に「指摘されたら即削除」という慣行で回っています。これは法的リスクが低いことを意味するのではなく、むしろ企業側が「訴訟で争うコスト」より「早期に削除するコスト」を選んでいる結果として、事実上の厳格な運用が定着していると捉えるべきでしょう。今後、AI生成コンテンツに関する法整備(米国のNO FAKES Actなど)が進めば、この状況も変わっていく可能性があります。
本記事は一般的な情報整理を目的としたものであり、法的助言ではありません。個別の事案については弁護士にご相談ください。


